Rhoのシグナル伝達・細胞機能・個体での役割
HOME > 研究内容 ( Rhoのシグナル伝達・細胞機能・個体での役割 )

Overview

図1の左に示すのは間期の培養線維芽細胞、右は分裂中のHeLa細胞である。
線維芽細胞では、phaloidinで赤く染めたアクチン線維が細胞内を縦横に走っているのが見られる。これらをストレス・ファイバーと称する。
また、右のHeLa細胞は核分裂が終わって細胞質分裂に入ったところであるが、分裂溝に収縮環と言われるアクチン線維が集積している。この収縮環が収縮することにより細胞質分裂が遂行される。ここで見られるストレス・ファイバーも収縮環もいずれもがRhoと呼ばれる低分子量G蛋白質によって形成が誘導される。

Swiss 3T3線維芽細胞に見られるストレス・ファイバーとHeLa細胞の細胞質分裂
図1: Swiss 3T3線維芽細胞に見られるストレス・ファイバーとHeLa細胞の細胞質分裂

Rhoは低分子量GTP結合蛋白質の一つで、GTPを結合した活性化型とGDPを結合した不活化型の間を往復して細胞内の分子スイッチとして働いている。

我々が発見したRhoを特異的に不活化するボツリヌスC3酵素や活性化型Rhoの発現実験から、 Rhoは、上に示したストレスファイバーや細胞質分裂の他に、細胞移動、神経突起の退縮、平滑筋の収縮、細胞周期のG1-S期進行、細胞の癌化などに働くことがわかっている。

Rhoの本質的な機能は、細胞のなかで時空間特異的にアクチン細胞骨格を形成し、他の分子が働く舞台を提供することである。良く解析された例では、形成されたアクチン線維にミオシンが働き、この収縮により細胞内で張力を発生する。
図2に示すように、間期の細胞では、これはアクチンストレスファイバーの形成となって現れ、細胞外基質への結合を増強する。分裂細胞では、これは収縮環の生成と維持になって現れ、細胞質分裂を遂行する。また、平滑筋細胞では、平滑筋収縮の増強を起こす。これらの作用は、モノマーの重合によるアクチン線維の形成とミオシンがこれら線維をcross-linkすることによるアクトミオシン束の形成、さらに、ミオシンの活性化による張力の発生など幾つかの反応が統合されて発揮される。

ストレスファイバーと収縮環のアクチン骨格
図2: ストレスファイバーと収縮環のアクチン骨格
ストレスファイバーは間期細胞の細胞接着斑の間に張るアクチン骨格であり、収縮環は、分裂細胞の真ん中に形成されるアクチン構造であるが、いづれも、anti-parallelなアクチン線維が、ミオシンによってクロスリンクされた構造をもつ。

Rho作用を上記のように考えると、問題は、Rhoがどのようにアクチン線維を紡ぎだすか、これがいかにしてアクトミオシン束に発展するか、また、ミオシン以外のどのような分子と相互作用していかなる細胞機能を遂行するか、また、この細胞骨格形成の場所と時間がどのようにして決めるか、さらに、Rhoの様々な作用がすべて細胞骨格に対する作用から説明できるか、ということになる。Rhoの作用は、Rhoが下流のエフェクターを活性化することにより遂行される。
我々は、Rhoエフェクターとして働く分子を多種類同定してきた(図3)。

我々が単離したRhoエフェクター分子
イメージ拡大
図3: 我々が単離したRhoエフェクター分子
これらは、大きく3つのグループに分けられる。第一のグループは、myotonic dytrophy kinaseと類似のserine・threonine kinase domainをもつもので、ROCK (Rho-associated coiled-coil-forming kinase)の2つのアイソフォームとcitron kinaseが入る。第2のグループは、formin homologyをもつmDiaでこれには、1、2、3の3つのアイソフォームがある。第3のグループは、70アミノ酸ほどの相同性の高いRho結合領域をN端にもつもので、リン酸化酵素PKN、Rhophilin、Rhotekinなどの分子がある。

このうちアクチン細胞骨格に対する作用がはっきりしているのが、Rho結合キナーゼ(ROCK)とmDiaである。
mDiaはアクチン重合を促進し繊維化アクチンの増生をおこす。What’s newに記したように、最近の研究で、mDia分子は、Arp2/3複合体と並んで、細胞内の基本的なアクチン核化・重合因子であることがわかってきた。興味深いことに、mDiaが真直ぐな長いアクチン線維を形成するのに対し、Arp2/3は、網目状のアクチン線維形成を行なう(図4)。一方、ROCKはミオシン脱リン酸化酵素やLIMキナーゼをリン酸化して、アクトミオシン収縮力の増強とアクチン脱重合の抑制に働く。
すなはち、ROCKとmDiaの作用を合わせるとアクチンモノマーからアクトミオシン束形成までの生化学過程が構成できる(図5)。

mDiaによる真直ぐな長いアクチン線維形成とArp2/3複合体による編み目状のアクチン形成
図4: mDiaによる真直ぐな長いアクチン線維形成とArp2/3複合体による編み目状のアクチン(branched)形成を示す。
mDiaによって形成されるアクチン線維は、freeなpointed endを呈する。mDiaはisoformによってRhoファミリーGTPasesのRho・Rac・Cdc42のいずれもの下流で働きうる。Arp2/3複合体は、RacやCdc42の下流のWASP/WAVEにより活性化され働く。
我々が単離したRhoエフェクター分子
イメージ拡大

では、このような作用が発揮された結果として細胞の形態はどのようにして決まるのだろうか?
図6に、HeLaでの結果を示す。ここでは、活性化ROCKの単独発現では、アクトミオシンの強い収縮により細胞が円形化すること(左)、これに対し活性化mDiaの単独発現では、細いアクチン線維の増生とともに細胞の伸長が起こること(中)、両者の共発現では、伸長した細胞に適度のアクトミオシン束が走ること(右)が見られている。

これらの結果は、mDiaとROCKは、協調してストレスファイバーの形成に働くのみでなく、互いに拮抗する働きもあり、Rhoの下流でのこの2つのエフェクターのバランスにより最終的な表現形が決定されることを示している。詳細な解析の結果、mDiaは、c-Src を介してRacの活性化に繋がっており、この経路とROCKの経路が拮抗していることが明らかになった(図7)。

また、Rho-ROCK経路とRho-mDia-Sc-Rac経路の選択は活性化Rhoのレベルが決定していること、これが低いとmDia経路が優先的に活性化されることも明らかとなった。この経路は、神経細胞でも働いており、培養小脳顆粒細胞での実験から、アクソンが退縮するか、伸長するかも、ROCKとmDiaにより決定されることがわかった。

さらに、What’s newに記載したように、最近、Rho-mDia1-c-Src-Rac経路が、細胞移動の際、c-Srcを細胞接着斑に集積するため用いられ、この結果、接着斑のturnoverが起こることが明らかになっている。

アクチン染色
図6:
HeLa細胞にactive ROCKを単独発現させたもの(左)、active mDiaを単独発現させたもの(中)、両者を共発現したもの(右)のアクチン染色を示す。
Rho-ROCK経路とRho-mDia経路の拮抗関係を示したもの
図7: Rho-ROCK経路とRho-mDia経路の拮抗関係を示したもの
ROCKをY-27632で選択的に阻害するとRho-mDia経路は顕在化する。例えば、右図で示すようにLPA単独刺激では細胞内にストレスファイバーが誘導されるが、Y-27632存在下でのLPA刺激では、Rho-mDia経路を介するRacの活性化でmembrane ruffleが誘導される。一方、C3処理では、Rho経路はすべて遮断されるため、細胞は、縮んだままになっている。

上記のmDiaの作用とともに我々がmDiaの役割として重要と考えているのが、この分子による微小管の配向である。この例を図8に示す。
我々の考えは、mDiaは、Rhoの下流にあって、アクチン細胞骨格と微小管を統合して細胞形態、運動を制御しているというものである。我々はこの働きが、細胞の移動、神経突起の方向性、細胞分裂などで大切な働きを果たしていると考え、解析している。実際What’s newに記載したように、mDia isoformを介する微小管の配向が、移動細胞の極性形成や、細胞分裂時の染色体のcongressionなどで重要な働きを為していることが明らかになりつつある。今後は、これがmDiaのアクチンに対する作用とどのような関係があるかを明らかにすることが重要と考えている。

mDia分子による微小管の配向
図8: mDia分子による微小管の配向
普通、放射状に走行する間期の微小管が、活性化mDia発現細胞では、伸長した細胞の長軸方向に配向されていることがわかる。

さて、ここまで述べたRhoの細胞内機能とそのシグナル伝達とともに、我々が大事と考えているのが、この経路が個体の発生、発達、生理、病態生理でどのように働いているかということである。

我々は、すでにROCKの特異的阻害薬としてY-27632を発見、報告した。
この化合物は、以後、世界の1,000箇所以上の研究室で使用され、Rho-ROCK経路が高血圧などの病態時の平滑筋収縮やがん細胞の転移・浸潤などで働いていることが見出されている。しかし、この経路が個体の発生にどのように働いているか、また、この経路の慢性的な阻害が個体の生理機能にどのような影響を与えるかは、不明である。また、その他のRhoシグナル経路が、一体、どのような機能を発揮しているかもわかっていない。

我々は、これらを明らかにするために、図3に示したRhoエフェクターを系統的にgene targetingしている。既に、ROCK-I, ROCK-IIの二つのisoformについては、各々の単独欠損のホモ接合体を得て、解析を実施した。例として、ROCK-Iのホモ接合体の解析を図9に示す。現在、これに引き続き、ROCK-IとROCK-IIの各々の欠損マウスの掛け合わせによる2重欠損マウスやmDiaの3つのisoformの欠損マウスを作成しており、これにより、これまで全く想定できなかったようなRhoの機能を明らかにできるものと期待している。

ROCK-I-/-ホモ接合体と細胞層
図9:
ROCK-I-/-ホモ接合体は、閉眼異常、臍ヘルニアを呈し出生後、数日で大半が死亡する(左)。これらマウスのeyelidでは、正常マウスで見られる角化細胞層でのアクチン集積とミオシンリン酸化、これらに伴う細胞層の伸展が阻害されている(右)。また、臍ヘルニア部では角化細胞から構成される臍リングの形成不全が見られる。いずれも、細胞間にまたがったアクトミオシン構造の形成と張力によって組織のclosureが起こる部位であり、この結果はこのような組織形成のプロセスでROCK-Iが重要な働きを行っていることを示すものと思われる。

 

現在の研究プロジェクト(2006年9月)

1) “細胞移動、細胞悪性化とmDia1”プロジェクト

最近、私達が明らかにしたことの一つは、mDia1がグリオーマ細胞の方向性をもった移動の際に、移動細胞の方向性を決めたり、接着斑の回転を制御する重要な働きを為していることです。mDia1は、前者の働きをApcやCdc42など極性形成に関わる分子を微小管依存性に細胞前縁に集積することにより行ない、後者の働きをc-Srcをアクチン依存性に瀬着斑に運ぶことにより行ないます。これらの所見はmDiaが微小管とアクチンの両方に作用することを想起させるものですが、このプロジェクトでは、mDia1が、どのようにして、Apcやc-Srcの集積、輸送を行なうかを解析します。

上記の実験で、mDia1がc-Srcの移動に関係していることが明らかになったことは、mDiaが同様の機構でSrcを介する細胞の増殖促進や悪性化を行なっているのではないかと言う可能性を示唆します。このプロジェクトでは、この点をtransformation assay などを用いて解析し、この機構が細胞の悪性化一般にどの程度関係しているかを、検討します。

2) “細胞分裂におけるRho GTPases”プロジェクト

染色体分離と細胞質分裂は一連の過程で密接にcoordinateされる必要があります。What's newで記したように、染色体分離にCdc42が、細胞質分裂にRho が関与していること、これら2つのRho GTPases の活性化が、Rho family GEFのEct2とGAPのMgcRacGAPによって調節されていることが分かってきました。このプロジェクトでは、これらの経路が、どのように細胞周期のmaster regulatorであるCdkや細胞分裂のregulatorであるaurora kinaseに結びついているかを解析します。

このプロジェクトでは、また、分裂軸の決定を行なう細胞cortexでの紡錘体微小管の捕捉やG2-M期進行におけるRho GTPaseの関与の可能性とその作用機構の解析、さらに、細胞質分裂の分裂面決定の機構をこれに関与するRho effectorの分裂溝への集積機構を解析することにより、探索します。これらの解析から、新しいRho作用や、Rho-mDia経路によるアクチンと微小管の統合メカニズムが、分子レベルで明らかになることを期待しています。

3) “mDiaとROCKの活性化機構とパートナー探索“プロジェクト

最近の構造解析で、mDiaのRho結合ドメインを含むN端領域とFH2ドメイン、ROCKのkinase domainなどの構造が分かってきました。これらの構造をもとに、2つのRho エフェクターがどのようにして活性化されるかを、分子内での結合や構造解析で明らかになったそれぞれのサブドメインにたいする結合パートナーを探索することで解析します。結合パートナーの同定は、活性化機構のみならず、これまで良くわかっていないこれら分子の細胞内での局在化機構を解明する手がかりを与えるものと期待しています。

4) “KOマウスを用いたRhoシグナルの個体での働き“プロジェクト

Overview に記したように、ROCK-I, ROCK-II各々の単独欠損マウスは、作出され、初期解析が終えることができましたので、現在は、これらを掛け合わせた複合変異マウスの解析を行なっています。
これまでの解析からROCK-I, ROCK-IIの一方がホモ欠損で他方がヘテロ欠損のマウスは、胎生9.5日前後に、どちらもがホモ欠損の2重欠損マウスは胎生4日以前に子宮内で死亡することが分かってきました。現在は、前者に焦点をあて表現型と機構を解析しています。これによりROCKの個体発生での機能が明らかになってくることが期待されます。
また、mDiaの3つのisoform (mDia1-3)の各遺伝子については、LoxPを用いたconditional targetingを行い、欠損マウスを作成しました。これとCre発現マウスを掛け合わせ、 mDia1 とmDia3について全身性に遺伝子欠損をおこしたホモマウスを得て、表現型を検討しています。これらホモ欠損マウスは見掛け上正常に発生、発育し、生体ではmDia isoformがredundant に働いていることが窺えます。
現在、これらマウスに負荷を加えたときの反応に差異が無いかを、神経系や免疫系に焦点をあてて解析しています。これにより、例えば、dendritic spine など神経系の可塑性でのmDiaの機能を検討したいと考えています。さらに、希望者がいれば、これらマウスにいくつかの病気モデルを走らせ、各病態でのROCKやmDia isoformの役割を検討したいと思っています。

このように、KOマウスでの生体機能の解析は、各臓器、各システムの解析を必要とする大きなプロジェクトです。それぞれの分野でのRhoシグナル伝達に興味ある方の参加を歓迎します。